「ブログを書く」ことについて「わたし」が考えていること
ブログを更新し続けること20日が経過しました。
何事も三日かからないうちに投げ出してきた私にしてはよく頑張っていると思います。
まだまだ記事の内容も浅い当ブログですが少しずつ読者の方が増えてきました。
ですがこのありがたい事態に昨夜までまったく気がついていませんでした。
そこで慌てて読者の皆さまのブログの読者登録をさせていただいた次第です。
ほんとうに申し訳ありませんでした。今後は読者登録の漏れがないようにします。
読者登録してくださった方のブログの読者登録をするのにもわけがあります。
もちろん、自分のブログに対し皆さまが「何を求めているか」を知るためにそうしていることがひとつ。
そして自分の拙い記事にもきちんと目を通してくださっている皆様のことを知り、
その上で記事を書いていくようにすれば「ブログを書く力」が身につくかなと考えていることがふたつめの理由。
私の考える「ブログを書く力」とは求められている事柄に対する自分の考えをできる限り正確に発信する力のことです。
なので先に書いた理由と重なる部分も大きいですね。
読者の方が増えつつある以上、「書きたいように書く」当初のスタンスを崩さないまでも
それなりに読者の皆さまのニーズに応えていく必要性も感じています。当然といえば当然ですが。
さて、話が少し変わりますが
もともと、数あるブログサービスの中で「はてな」を選んでブログを始めた理由のひとつに
「はてな」には「考え(られ)る人」が多い、というクチコミを目にしたこと、が挙げられます。
(賛同できるものばかりではありませんが)「考え(られ)る人」の書いたものが多いと感じます。
ここでいう、「考え(られ)る人」とは
- ある事柄について自分の頭で考えることができる
- ある事柄について自分の頭で考えたことが書ける
ような人を指しています。
これは簡単そうに思われますが、実は非常に難しいことです。
というのも人が「ある事柄について」述べるとき、主語が大きくなりがちだからです。
それについては、こちらの記事が非常にわかりやすいです。
「大きな主語」の本質は、“目に見えない誰か”に根拠や責任を持たせることだと思います。もしくは、自分にとって「よくわからないもの」を説明するときに使われがちな印象。(上記事より引用)
みんなが~ 世間が~ のみならず 男が~ 女が~ や
(昨日の記事で取り上げた方も「男」に根拠や責任を押し付けることで「わたし(あなた)」の問題から逃げていましたね)
主語を「わたし」にできる人というのは
自分のよく知ること、自分の考えることを自分の言葉できちんと説明できる人です。
私はそういう人、そういう文が好きです。(わかりあえるとは言ってない)
私自身、ブログを書く際には「私はどう思うか」、そしてその理由がわかるよう記述することを心がけています。
が、まだ至らぬところが多いのも事実です。
そういう意味で、皆さまのブログを読んで日々勉強させていただければと思っています。
ぜひ末永くお付き合いくだされば幸いです。